旅のミラクル

旅に出て気が付いた なるほどな風景、モノ、スキマ写真のいろいろ

オールドデリー

逕サ蜒・083_convert_20110912084319
デリーには いろんな顔がある。 新市街は広い道路と近代的なビル、スマートな首都の印象。
翻って 旧市街 オールドデリーと呼ばれる地域は 小さな商店が軒を連ねて行き交う人も 全くの庶民。
活気があると言えば聞こえがいいが、もう何でもありの ごちゃごちゃな街だ。
8年ほど前に一度歩いたときは 今よりもっとリアルな光景を見た。 すっかり年老いて見える母親が
乳母車の中の赤ん坊を指して 恵みを乞うていたり、両足の無い人が板車に乗って手で移動したり もっと
悲惨かと思われる場面も普通に展開していた。  騒音や人々の声も目一杯行き交って 圧倒された。
でも、その時ふと思ったのは 身障者が全く何に臆することなく どんどん同じように行動している実態。
アッケラカンとした生き様。 ベナレスに於いての「死を待つ家」にも 同じような感慨を持つ。
生きることと全く同じ つまり横並びに死や障害があり、私たちが恐れているモノが そこには見えない。
生きるための一種の知恵なのか 当然の世界なのか。 恐るべきインド。
スポンサーサイト

テーマ:旅先での風景 - ジャンル:旅行

  1. 2011/09/12(月) 09:07:34|
  2. インド
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6
<<オマーン・ポスト | ホーム | 散策の人々>>

コメント

インドってほんとにギャップがすごいですよねー。
IT大国なのにあの汚さだし(笑)
私も最初にインドを訪れたとき、やはり足のない男の子が手製のスケボーに乗って走りまわるのを見て衝撃を受けました。
物乞いの彼にとって障害は大きな武器でした。
「当然の世界」。なのかもしれませんね。
  1. 2011/09/13(火) 10:22:29 |
  2. URL |
  3. だだ #-
  4. [ 編集 ]

日本では死ぬということを 身近に見ることは 家族や極親しい人の時にあるくらいですよね。 
ベナレスの「死を待つ家」は
その中にいる人たちを 観光客も見ることができるのですか?
そうだとしたら 地元の人たちは毎日のように 死んでゆく人を見たり 川岸で荼毘に付されるのも見るわけですね。
凄い世界ですね。
死ぬことを 当然のように うけいれられるのでしょうか?
癌を宣告されたときの自分を振り返っています。  
  1. 2011/09/14(水) 23:21:21 |
  2. URL |
  3. ニャロメママ #-
  4. [ 編集 ]

大陸と言ってよい広さと自然の厳しさ、さらに混沌とした社会、インドでは宗教の生まれるべくして生まれたのかもしれません。
 この混沌と死と生が普通に隣り合う地で引くこともせずに「死を待つ家」をつくってその最後を人らしく見送ったマザーはやはりすごいなと思います。
  1. 2011/09/17(土) 12:13:10 |
  2. URL |
  3. miriyun #X.Av9vec
  4. [ 編集 ]

だださん
あの格差たるや 世界のトップでしょうね。
何もかもを 静かに受け入れる恐るべきインドの姿は ある意味、憧れです。

ニャロメママさん
生きるのも死ぬのも 人生の当然なのに 日本では死は忌み嫌われますね。
死の教育がもっとあれば 癌の宣告ももっと穏やかに受け入れが出来るかも知れませんが。

miriyunさん
あの混沌を何とかするのには やはり宗教が不可欠名のかも知れませんね。
私たちはもっと大きな死生観を持ちたいものだと本音で思います。 死も自然なのだと。
  1. 2011/09/18(日) 13:17:43 |
  2. URL |
  3. 霧のまち #eCu.QEsU
  4. [ 編集 ]

10年くらい前のルーマニアでは、こういう風景が日常でした。駅前にたむろしていたストリートチルドレンの子どもたちも、一掃されてしまったようであれからは見ることもありません。彼らの生活が向上されたのか、ただ表だって出ないように排除されたのかはわかりません。
こちらの学校では宗教の時間があります。
もちろん家でできればそれに越したことはありませんが、日本でも神道、仏教、キリスト教に子どもの頃から正しく接するのは大切なのではないかと思います。
家で家族を看取ること、それを子どもの頃から感じながら育つのが何よりの教育なのかもしれません。



  1. 2011/09/19(月) 15:40:11 |
  2. URL |
  3. 谷崎 聖子 #-
  4. [ 編集 ]

本当にそう思います.今、日本に一番欠けているものはそう言った宗教教育ではないかと。 そうすれば 生きるのも死ぬのも怖くないし 安らかです。
インドは ただ混沌の街でなく このような事を身を持って教えてくれる気がします。
  1. 2011/09/19(月) 21:49:50 |
  2. URL |
  3. 霧のまち #eCu.QEsU
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://kotaro605.blog57.fc2.com/tb.php/882-c6bfdcac
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

霧のまち

Author:霧のまち
         (女性です)
静岡の海辺の町からこんにちは!
旅に出て見たもの、考えた事などを
ランダムにUPします

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

世界の駅・ホーム (50)
インド (246)
中国 (12)
中国ー天水 (9)
中国ー張掖 (17)
中国ー蘭州 (25)
中国ー厦門 (22)
中国ー上海 (18)
中国ー北京 (68)
中国ー新疆 (138)
中国ー杭州 (5)
中国ー天津 (4)
中国ー西安 (4)
中国ー平遥 (13)
中国ー太原 (7)
中国ー大同 (3)
エジプト (31)
グァム (19)
ロシア (32)
スペイン (35)
トルコ (30)
モンゴル (69)
モロッコ (50)
ウズベキスタン (78)
UAE (110)
パキスタン (86)
オマーン (30)
マレーシア (33)
沖縄 (63)
ブルネイ (10)
台湾 (26)
ベトナム (53)
身近な旅 (22)
本 (58)
未分類 (198)
植物 (63)
CD (1)
言葉 (1)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード